プロフィール

 

いつもどこかで苦しくて生きづらくて。その理由もわからない。いつも心の中がモヤモヤして表現しがたい【孤独感】で渦巻いていました。頑張ればうまくいくはず。真面目にやっていればわかってもらえる。我慢していればなんとかなる。

 

それなのに、褒められることも認められることもなく、我慢が足りない。頑張りが足りない。ダメ出しや注意をされて否定的に怒られてしまう。怒られないように、常に誰かの顔色を伺い、気を遣い、人を笑わせてみたり。わざわざ自虐的な振る舞いをしてきました。

 

その状態での2世帯同居の結婚生活。義祖母の介護。義母の病気。フルタイムでの仕事。流産の後、ふたりの娘の出産。育児休暇を使いながら子育てと仕事の両立しながら、満たされない毎日

義祖母が亡くなった頃、何かの糸が切れ2世帯同居を解消して、アパート生活を選び専業主婦となり子育てに専念しました。念願の自分の子育てができたはずなのに、こんなにも可愛い娘たちなのに、いつもイライラして怒っては反省の毎日でした。

 

数年後、介護の仕事に興味が湧き【ホームヘルパー】の資格を取り、長女が小学校に入学する機会に、再び2世帯同居に戻りホームヘルパーとして在宅介護の仕事に就きました。やり甲斐を感じ、正義感と使命感を感じながら夢中になれました。母親の癌手術。父親の入院。いろいろありました。

目標でもあった【介護福祉士】を目指し、3年間の現場経験の試験資格のため、グループホームとデイサービス併用の施設へパートで転職。経験と実績を積みました。

病弱な義母と子育てでは、グループホームでの夜勤ができず。

日勤のデイサービスの正職員になるためには【介護福祉士】の資格取得が、第一の条件でした。

そのために、資格取得の勉強。日常の介護の仕事以外の営業。契約。事務。大きなワゴン車での送迎。病院付き添い。家族とのやり取り。他の施設の連携や連絡なんでもやりました。残業は当たり前で、昼休みはほとんどありませんでした。ワーカーホリック状態でした。

あれほど、欲しかった【介護福祉士】の資格を取得出来た頃は、自分でも気がつかないくらいに、感覚も麻痺した状態で体も心もボロボロになっていました。

 

それに気がつくきっかけは、娘の体調不良やいじめそして、不登校でした。

 

学校や教育機関への対応。長女と次女それぞれの心と体のケア。仕事を辞めることを決めました。子供たちと向き合うことは、自分と向き合うことになりました。

 

整体。お灸。温泉。マッサージ。ヒーリング。エネルギーワーク。ヒプノセラピー。いろんなセラピーやカウンセリング。医療機関。治せる癒せると言われるところに出向きました。

そのなかで【機能不全家族】であった環境で、アダルトチルドレンである自分を知りました。根深く傷ついていた抑圧した感情である、インナーチャイルの存在が、アクシデントと言われるような現実を引き寄せ本来の自分で生きることを教えてくれたのです。


ケアをすすめながら、娘たち含め、私自身が感性が繊細で敏感な体質。ハイリーセンシィティブパーソン(HSP)。インディゴチルドレンであったことにも気づかされました。

 

学童の指導員としても、子供たちや親御さん。学校や役所関係と関わりながら、社会の縮図と言われる現実も目の当たりにしました。幅広い意味で心深い経験をさせてもらえました。

関東・東北豪雨で床上浸水になり、自然災害の恐怖と、ぶつけるところのない怒りでいっぱいになりながら、一方で、たくさんの励ましやお手伝い。優しさと温かさで感謝を感じるこ出来事も経験しました。心のケアの大切さをその時その時で強く感じました。


今に至るまで、死を間近にする出来事を数回。生かされているという体験から、【命の尊さ】【自己の尊厳】【存在の価値】を大切にしています。

 

悩みを解消することは、本来の自分を知り、その自分を本気で向き合うことになります。誰でもない自分を生きることなのです。

とてもとても長い時間がかかりましたが、目の前に起こるすべてを受け入れて認めて許していくことが、自由で豊かな人生を創りあげることを実感しております。


誰にもある癒やす力と生きる力を、子供たちを支えるお母さんや関わるひとに気づいてもらいたいです。自分を取り戻して欲しいと思っています。

笑顔は、大人から子供たちへと引き継がれ豊かな未来に繋がれると信じています。

そのサポートやお手伝いをしております。

 

家族関係改善セラピスト のむらあけみ